もうひとつの街道、房総往還
袖ケ浦市久保田地区にはかまくら街道とは別に江戸時代以前から内房地域の幹線道路として利用されてきた、房総往還(上総道、房州道、江戸道とも)という古道があります。

房総往還は船橋で佐倉道と分岐し千葉木更津などを経て安房方面へと至る道で、市内では県道287号線(旧国道16号)に相当します。
そのうち、袖ケ浦市久保田笠上から市原市椎津にかけては急峻な崖と東京湾に阻まれ、海岸沿いの通行が困難だったため現代の県道とは違う台地上に道が造られていました。

明治以降、県道が今の姿になった後もこのエリアだけはアスファルトで舗装されることなく、往時の姿のまま近年まで残されてきました。

下の写真は10年ぶりに訪れた2012年の房総往還の様子です。

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房総往還の残る笠上山市原市椎津付近から望む。
国道16号線を市原方面から走ってくると道の先に壁のように見える山がそれで、かつては寛政の改革を行った松平定信や日本地図を作った伊能忠敬が通ったのもこの山。

現在では麓を県道のほかJR内房線が通っているため、知らず知らず通過している人も多いはず。
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入口から100m程のところに建つお堂はかつてこの地にあった、笠上観音(明治6年に現・笠上観音正福寺に移転)の名残。
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竹林の脇を抜けたところでコンクリートの舗装が終わり山道へ。
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左右に現れる斜面の傾斜を緩和するための切通し
幅約6m、最も高いところで3mほどの高さがあり房総往還の遺構としてはこの山で唯一のもの。
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掘り割りを過ぎてしばらく進むと視界が急に開けて姉崎方面のコンビナートが。
本来はこの先も道があるのですが、奥にあった畑が耕作放棄されたためか雑草が生い茂っていて先に進むことが出来ずUターン。
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眺望の開けているところはよく見るとがけ崩れの跡がくっきりと。
この道は管理者の不在に自然の浸食作用も加わって消滅の危機にあるようです。
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来た道を戻って竹林の手前あたり。
ポールの右脇奥に見える坂を登って行くと代宿(旧代宿村)を経て、会が里山活動をしているかまくら街道へとつながっています。
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念のため椎津側の入口(Docomoアンテナ下)を確認するとこちらもすっかりヤブ化。
これで全長約600mのうち半分以上が通行不能になっていることが確認できました。
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by SATOYAMA-walker | 2012-01-19 22:12 | 文化遺産 | Comments(0)
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