笠上観音正福寺
宗派は真言宗智山派

本寺は寛政年間(1789~1801)に火災で記録を消失しているため、開基、由緒などは不明。

もともと久保田地区の菩提寺であったが、明治6年(1873)まで笠上山中腹に存在した旧笠上観音の堂宇が廃されたのち、本尊が正福寺に移され笠上観音正福寺となった。
このため本堂には本尊以外にも須弥壇宮殿(くうでん)をはじめ、賽銭箱絵馬仁王像など数多くの部材が引き継がれている。
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本尊の聖観世音菩薩坐像は天平年間(729~748)に東国巡錫(じゅんしゃく)中の僧行基が自ら彫刻したものと伝えられ、座高は1mほどであるという。
密教寺院であるため秘仏として本尊を拝むことはできないが、33年に一度ご開帳が行われる

明治以前より「久保田の観音さま」として信仰が厚く、おできや皮膚病の治癒、厄除け、子どもの健やかな成長を祈願する人々が集う場所として、この地に移転したのちも今日に至るまで地区内外から広く信仰を集めている。

毎年4月29日には、12歳までの子どもを対象にした虫封じの祈祷が催され、キティーちゃんお守りの寺としても有名。

また境内裏手の斜面には西国三十三霊場石碑 があり、里山への入口にもなっている。

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旧笠上観音より移設された絵馬。
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同じく仁王像。
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下陣に半分埋め込まれる形で置かれている巨大な賽銭箱や長辺が4mもある須弥壇は、かつての笠上観音の規模を物語る。
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by SATOYAMA-walker | 2012-02-11 21:17 | 文化遺産 | Comments(0)
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